2009年6月8日月曜日

La Festa Primavera 2009





























Mille Miglia(ミッレミリア)とは、1927年にイタリアで開催された自動車のロードレースのことを指します。イタリア語で1000マイル(約1600km)を意味するこのレース誕生から70年を数えた1997年、ここ日本でも記念すべき最初の「La Festa Mille Miglia」が行われました。各地の人々や関係団体に3年もの月日をかけて説明し、ようやく開催にこぎつけた第1回大会にはじまり、2002年の第6回大会以降は国際クラシックカー連盟によってアジア唯一の公認大会として承認されるまでに。第1回大会から掲げる「古いものに敬意を」「いくつになっても心・少年」「イベントに参加するすべての人々と友情の輪を広げる」という基本精神の下、愛車のクラシックカーとともに、堺正章や近藤真彦といった有名人も多く参加。大会の開催を通じて美しい日本の名所や旧跡を国内外に紹介し、多くの友情の輪を広げ、輝く大人たちの存在を示し、ものを大切にする心を継承する。それよって、ブームではなく文化として認知されることを願う、日本が世界に誇る文化イベント。それが「La Festa Mille Miglia」なのです。平成21年4月19日( 日 )~ 4月22日( 水 )の期間で本人が関西で開催されることとなった “ La Festa Primavera 2009 ”に参加した。

2009年4月16日木曜日

白洲次郎


神戸一中を卒業後、ケンブリッジ大学クレア・カレッジに留学し西洋中世史、人類学などを学ぶ。自動車に耽溺し、ブガッティベントレーを乗り回す。7代目ストラッフォード伯爵ロバート・セシル・ビング(愛称:ロビン)と終生の友となる。ロビンとは、ベントレーを駆ってジブラルタルまでのヨーロッパ大陸旅行を実行している。白洲の車好きは有名である。イギリス留学中にベントレーやブガッティを乗り回し、「オイリー・ボーイ」(オイルにまみれるほどの車好き)と呼ばれていた。ロンドンから1時間ほどのレーシングコース「ブルックランド」においてベントレーで快走していた。また、2代目トヨタ・ソアラの開発に際しては事実上のアドバイザー役を務めた。

初め

1925年に日本青年白洲次郎は、ベントレーを駆ってジブラルタルまでのヨーロッパ大陸旅行を行った。84年後の今、中国青年一人が日本一周を企画中。プロデューサー、スポンサー募集中!
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